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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)25号 判決

原告 町田かつ

〈ほか三一名〉

右訴訟代理人弁護士 大滝一雄

被告 東京都知事 美濃部亮吉

右指定代理人 坂井利夫

〈ほか二名〉

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告が、賃貸人有限会社吉村商会、賃借人原告ら間の建物賃貸借契約の各家賃について昭和四三年一〇月三〇日にした各裁定をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

主文同旨。

(本案の答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者双方の主張

一  原告らの請求原因

被告は、原告らが有限会社吉村商会からそれぞれ賃借する新橋駅東口駅前ビル(以下単に本件ビルという。)の一部(右賃借部分は別紙裁定家賃明細表の場所欄および占有面積欄記載のとおりである。)の各家賃につき、昭和四三年一〇月三〇日公共施設の整備に関連する市街地の改造に関する法律(以下単に市街地改造法という。)四四条に基づき、右明細表記載のとおりの各裁定をした。

しかし、右各裁定は適正利潤の算定基準を誤った違法な裁定であるから、その取消を求める。

二  被告の認否および主張

(一)  本案前の主張

本件各裁定については地方自治法二五六条、市街地改造法六三条二項により建設大臣に審査請求をし、その裁決を経た後でなければ、取消の訴えを提起することができないものであるところ、原告らは右の手続を経ることなく直接本訴に及んだものであるから、本訴は不適法として却下されるべきである。

(二)  請求原因事実に対する認否および主張

1 請求原因事実のうち、本件各裁定が適正利潤の算定基準を誤った違法な裁定であるとの主張は争うが、その余は認める。

2 本件家賃を裁定するにあたっては、まず家賃は投下資本の利潤(別表第3項)に経費(別表第4項⑤)を加えたものであるという立場にたって、これによって得られたもの(別表第5項)に階層別の実情を考慮して修正を加え(別表第6項)、さらに、これから敷金の運用益(別表第7項)を控除してでてきたもの(別表第8項)を裁定家賃とするという算出方法によったのであるが、これらについてさらに説明を加えると次のようになる。

(1) 利潤について

利潤は、資本価格に一定の利率を乗じて算出したが、原告らの借家権割合は六五パーセントとするのが相当であったので、利潤計算の基礎となる資本価格は管理処分計画によって給付された土地および建物の価格の三五パーセントとなり、さらに利率については土地が年利六パーセント、建物が年利一〇パーセントが相当であるとした。

なお、これらの具体的数値は別表第1項ないし第3項のとおりである。

(2) 経費について

経費の項目としては、建物償却費、修繕費、管理費、貸倒れ引当金、公租公課、火災保険料などがあるが、これらの項目について本件では次のように考えた。

① 建物償却費については、躯体(全体の五七・七五パーセント)の耐用年数を四〇年、残価率を二〇パーセントとし、設備(全体の四二・二五パーセント)の耐用年数を一八年とした。

なお、これらの具体的数値は別表第4項①のとおりである。

② 修繕費は建物価格の二パーセントとした。

なお、この具体的数値は別表第4項②のとおりである。

③ 管理費は建物価格の〇・四五パーセントとした。

なお、この具体的数値は別表第4項③のとおりである。

④ 貸倒れ引当金は、①建物償却費、②修繕費、③管理費および利潤(別表第3項)の合計額の一か月分とした。

なお、これらの具体的数値は別表第4項④のとおりである。

⑤ 公租公課は課税評価価格未定のため加算しなかった。

⑥ 火災保険料は本件ビルが耐火・堅ろうのため考慮しなかった。

(3) 利潤と経費との合計額の修正

各階層における利潤と経費との合計額の比と建物の各階層の価額の比とが不均衡であったため、一階を基準にして地下一階はその九〇パーセント、地上二階は八〇パーセントとし、一〇〇円未満は切り捨てた。

なお、これらの具体的数値は別表第6項のとおりである。

(4) 敷金に対する考慮

敷金を三か月分とし、その運用益金を控除した。

なお、これらの具体的数値は別表第7項のとおりである。

三  被告の主張に対する原告らの認否および反論

(一)  本案前の主張について

本件裁定については地方自治法二五六条、市街地改造法六三条二項により建設大臣に審査請求をし、その裁決を経た後でなければ、取消の訴えを提起することができないものとされているところ、原告らが右の手続を経ることなく直接本訴に及んだことは認めるけれども、本訴は右の手続を経なくとも、次の理由によって適法である。

1 本件は、行訴法八条二項二号を適用すべき場合に該当する。

元来、行政事件訴訟特例法は、いわゆる訴願前置を原則とし、例外として訴願の裁決を経ないで訴えを提起できる場合を規定していたが、行訴法は特例法の原則と例外を転倒して訴願前置を原則とすることを廃し、審査手続の前置を必要とする処分についてのみ例外としてこれを前置する制度を採用した。その趣旨は訴願前置を強制することが多くの場合、合理的理由がないことに基づくものである。したがって、この例外の場合においても、裁決を経ないで処分の取消の訴えを提起することができる場合、すなわち原則への復帰をひろく認めることこそ行訴法立法の精神にかなうものというべきである。のみならず、市街地改造法六三条二項は「建設大臣に対して審査請求をすることができる。」と規定し、「審査請求をしなければならない。」とは規定していない。そして、地方自治法二五六条において不服申立前置の規定を設けているのであるから、このような場合には、行訴法八条二項にいう審査請求手続の経由を省略して訴えを提起できる場合をひろく解釈し、国民の権利の伸張に資するのが相当である。

ところで、行訴法八条二項二号の「著しい損害」とは「損害の度合が大であれば足りる」と解すべきであって、「不服申立手続の省略を是認せしめるほどのもので、通常金銭をもっては容易に償うことのできない程度のもの」とまで解する必要はない。本件においては裁定家賃と適正家賃との差があまりにも著しく、裁定処分の執行又は審査請求手続の続行により原告らが著しい損害を被むることは右の一事をもっても明白というべきである。しかも、本件においては次のような事情がある。

すなわち、原告らは、本件各裁定により、原告らが従来賃貸人との間で協定していた仮家賃に比して一平方メートル当り、地階居住者は八七〇円、一階居住者は一、〇三〇円、二階居住者は八七〇円の割合による増額がされたこととなり、しかも右増額は昭和四一年九月一日に遡るものであるうえ、裁定処分の公定力のために既往の差額分も即時に支払わなければ、債務不履行として契約の解除もされかねない。そこで、原告らは営業不振にもかかわらず、現在の裁定家賃を捻出して支払うほかに、既往の差額分については目下賃貸人との間で分割払いの交渉中であるが、その利息負担は免れえない状態である。ところで、本件ビルは完成後しばらくの間は入居者がなく、原告らの営業は不振を極め、大きな社会問題となった。その後昭和四二年九月に本件ビルの分譲条件が緩和され、昭和四三年七月に京浜急行が乗入れ、昭和四四年二月には地下鉄新橋馬込線が完成する予定であったこと等により、徐徐に入居者、顧客が増加し、原告らの営業もようやく収支償うかにみえたところが、昭和四三年九月に新橋駅改築工事開始の結果、同駅東口がまったく閉鎖され、本件ビル前の通行人は急激に減少し、そのうえ過大な本件裁定家賃の支払義務が生じたことにより、原告らは倒産の危機にすら直面させられているのであって、したがって、原告らには審査裁決を経由する余地がない。

もっとも、原告らは、本件各裁定のされた昭和四三年一〇月三〇日から約三か月を経過して本件訴えを提起したものであるが、特異な法律問題を含み、訴訟遂行のために相当の出費が予想される本件について、法律の素養のまったくない婦女子が大部分を占める原告らが共同歩調をとって右の期間に本件訴えを提起するにいたったことは、むしろ稀有のことというべきであって、右期間の経過は行訴法八条二項二号所定の緊急の必要性の要件を欠く事由にはならないものというべきである。

2 本件は、行訴法八条二項三号を適用すべき場合に該当する。

(1) 行訴法のもとにおいて同法八条二項三号の正当理由の有無を判断するにあたっては、特例法の訴願前置主義を廃し右八条の規定を設けた前記の立法趣旨に従って解釈すべきである。

また、市街地改造法の改正法ともいうべき都市再開発法一〇二条六項において、借家条件の裁定につき直接裁判所に出訴する途を開いたことは、本件においても斟酌されなければならないことである。都市再開発法が直接出訴の途を開いたことは、市街地改造法における不服手続前置主義に重大な欠陥があり、借家条件についての紛争の解決に適切なものでないことを示しているものといっても妨げない。したがって、市街地改造法に基づく本件においても、行訴法八条二項三号に則り直接出訴を認めることが都市再開発法との間の均衡を保つ所以であるというべきである。

(2) 市街地改造法は、昭和三六年六月一日公布施行されたものであるが、我国はもとより諸外国にも類のない制度といわれており、しかも、本件ビルは同法施行事業の第一号にあたるものであるばかりでなく、同法は、施行直後よりその不備を理由に改正が論議され、ついに昭和四四年六月三日公布された都市再開発法により廃止されたもので、したがって、市街地改造法の解説書も吉兼三郎編著「解説市街地改造法」があるのみであり、同法はその解釈が困難であった。

そのうえ、原告らは、市街地改造法四四条に基づく裁定について直接取消の訴えを提起することの可否を、前記のとおり同法の解説書の編著者であり、かつ、同法の起草責任者でもあって同法についての最高権威者ともみうる吉兼三郎に公権的解釈を質したところ、直接出訴も可能である旨の確答を得たので、本訴提起にいたったものであり、仮に原告らに法規の不知、誤解があったとしても、以上の事情のもとでは無理からぬことであるから、裁決を経なかったことにつき正当な理由があるというべきである。

(二)  本案の主張について

本件各裁定が被告主張のとおりの家賃算出方法によったものであることは認める。

(1) 利潤について

被告の利率に関する主張は認めるが、その余はすべて否認する。

利潤計算にあたっての投下資本とは家主によって投下された資本をいうべきものであるところ、本件ビルは被告が建築したもので家主である有限会社吉村商会が経費を負担して建築したものではないから、管理処分計画によって給付された土地および建物の価格は投下資本価格の基準とはならず、旧建物とその敷地が基準とされるべきである。そして、土地に関していえば、有限会社吉村商会が投下した資本の額は、旧建物の敷地の更地価格から、その二〇パーセント相当の底地価格(これについては土地収用の際、右会社において補償を受けている。)と七〇パーセント相当の原告らの借家権価格を控除した残余の一〇パーセント相当に過ぎないこととなる。しかも、本件ビルは、地下五階、地上九階に及ぶものであるから、従前の地上二階の木造建築物が存在した当時と比較して土地に関する投下資本の額がさらに減額修正されるべきものであり、要するに、本件ビルの適正家賃の算出にあたっては、投下資本の利潤は、これを算出の基準から除外すべきである。

(2) 経費について

①被告主張の建物償却費中、躯体の耐用年数は否認し、設備の耐用年数は不知。

②修繕費、③管理費に関する被告の主張はいずれも不知。

④貸倒れ引当金に関する被告の主張は否認する。原告らは、ぼう大な借家権価格を保有するものであるから、貸倒れ等の事実はまったく考慮の余地がない。

⑤公租公課、⑥火災保険料に関する被告の主張はいずれも認める。

(3) 利潤と経費との合計額の修正について

一般に、階層別不均衡を是正するために修正が必要であることおよび被告主張の修正のうち経費に関する部分は認めるが、利潤に関する部分は否認する。

(4) 敷金に対する考慮について

被告の主張をすべて否認する。原告らの未整理借家権価格に対する年利六パーセント相当の利息を月額適正家賃に充当しても、なお余りがあるから、敷金は不要となり、したがってこれに対する考慮も不要である。

四  本案前の主張についての原告らの反論に対する被告の認否および再反論

(一)  本件が行訴法八条二項二号および三号を適用すべき場合に該当する事由として原告らの主張する具体的事実はすべて不知。

(二)本件につき右各条項を適用すべきであるとの原告らの主張は次のとおり争う。

1 行訴法八条二項二号に関する主張について

行訴法八条二項二号の趣旨は、一般に裁決を経るには相当の時間を要するので、そのような時間の経過によって生ずる損害を避けるために、裁決を経ないで直ちに訴えを提起できるとしたものであって、同号適用の要件は、適法な裁決の申立てをしていてはその処分により著しい損害が発生するものであることおよび裁決を経ることができないほどの緊急を要するものであることである。

ところで、右の要件は、具体的場合について個別的に判定されるべきものであって、一般的基準を示すことは困難であるが、従来の判決例からみれば、著しい損害とは、不服申立手続の省略を是認せしめるほどのもので、通常金銭をもっては容易に償うことのできない程度のものをいうと解することができる。また、緊急の必要性の要件については、行訴法二五条二項と同様に考えることができ、不服申立てをしていては不測の損害が生ずるほどのものでなければならないというべきである。

ところで、原告らは、本件裁定による家賃と仮家賃の差が大であること、裁定家賃を支払わないと契約解除のおそれがあること、営業状態が順調でなく支払いが困難であること等の事実が前記要件にあたると主張するのであるけれども、仮に裁定家賃と仮家賃の差が原告らの主張するとおりであるとしても、本件においてこれが不服申立手続の省略を是認せしめるほどの著しい損害ということはできないし、支払遅滞による解除も供託によって免れることができ、仮に営業不振により家賃の支払いが困難であったとしても、これも前記の著しい損害にあたるということはできない。さらに、原告らは、本件裁定がされた昭和四三年一〇月三〇日から約三か月経過した昭和四四年一月二九日に本件訴えを提起したものであって、緊急の必要性の要件は右事実によっても認めることはできないものというべきである。

したがって、本件は行訴法八条二項二号を適用すべき場合には該当しない。

2 行訴法八条二項三号に関する主張について

行訴法八条二項三号にいう正当理由の存否は、本件のように法規の不知または誤解の場合についていえば、原告らが法規について単に不知であったり、誤解していたりしていたということだけでは足りず、不知または誤解の原因となる事情が他に存在し、その事情のもとで法規の不知または誤解がやむをえなかったかどうかによって決定されるべきものである。

ところで、具体的にいかなる事情があれば法規の不知または誤解が正当理由となるかは一律には決しがたいが、従来の判決例からいえば、正当理由の存在はきわめて限定された場合だけにしか認められていない。

本件において、原告らの主張によれば、原告らが法規の不知または誤解にいたった主な事情は原告らが吉兼三郎の説明を信じたということであるが、仮に吉兼が原告らに対してその主張のような説明をしたとしても、右事実のみでは正当理由があるとはいえない。

まず、吉兼は、当時、被告処分庁の担当係員ではなかったし、建設省における市街地改造事業についての担当部課関係者でもなかった。したがって、原告らはいわば市街地改造法の一識者に過ぎない吉兼の学説、見解を信用したために法規を誤解したのと異らないことになるが、右のように単なる一学説、見解を参照した結果法規の不知または誤解にいたったという本件については正当理由の存在は否定されるべきである。けだし、この場合にも正当理由の存在を認めることは、あまりにも広きに失し、審査請求前置を認めた趣旨を没却してしまうからである。

また、法規の解釈においては微妙な問題を含むことはいくらもあるから、そもそも、抽象的な法規の解釈問題の誤解そのものをもって正当理由があるとするのは広きに過ぎて否定されるべきである。まして、本件の場合、関係法規(市街地改造法六三条二項、地方自治法二五六条)は解釈上見解の差異を生ずる余地がないほど明確であり、ただ極言すれば、原告らは地方自治法二五六条の規定を見落した結果、その誤解を生じたに過ぎないのである。したがって、右の観点からも、本件については正当理由の存在は否定されるべきである。

第三証拠≪省略≫

理由

一  本件訴えは、地方自治法二五六条、市街地改造法六三条二項により本件各裁定につき建設大臣に審査請求をし、その裁決を経た後でなければ、提起することができないものであるところ、原告らが右裁決手続を経ることなく本件訴えを提起したものであることは当事者間に争いがない。

二  よって、右の点に関し本件訴えの適否について判断する。

(一)  原告らは、本件は行訴法八条二項二号を適用すべき場合に該当すると主張する。

≪証拠省略≫を総合すると、原告らは、もと本件ビルの敷地に存在していた有限会社吉村商会所有の木造建物の一部を昭和二二年ころ同会社から借り受け、同所を店舗として営業していたのであるが、昭和三九年右地区に市街地改造事業が施行され、前記木造建物は取り毀されて本件ビルが建築されたので、原告らはその一部の賃借りを希望する旨の申出をし、それぞれ前記会社から賃借りすることとなった。ところで、当時前記木造建物の家賃は平均坪当り約一、〇〇〇円であったが、本件ビルの家賃については、右会社から増額を請求されたけれども、協議が成立しなかったため右会社と原告らとの間において、被告の裁定によって家賃額が定まるまでの間一応坪当り四、〇〇〇円とする旨の仮家賃の協定がされた。原告らは、裁定家賃は仮家賃よりも当然低額になるものとみこんでいたところ、本件各裁定による家賃は坪当り地階が七、一六一円、一階が八、一五一円、二階が六、一五一円と定められ、いずれも原告らの予期に反する結果となった。しかも、新橋駅付近においては、市街地改造事業と相前後して地下鉄工事、放射一九号線路線工事、国鉄新幹線等の諸工事が相ついで行なわれ、その影響を受けて原告らの営業の成績は漸次下向の傾向を辿っていた。原告らは、右のような事情に加えて、行政庁に対し不信感を懐いていた関係もあって、本件各裁定につき審査請求を経ることなく直ちに訴えを提起したいと考え、昭和四三年一一月ころ原告らの代表者が建設省に赴き、かつて市街地改造法の立案に参画し、同法の解説書の編著者でもある吉兼三郎に面接を求めたうえ直接出訴の可否を質したところ、同人から直接出訴も可能である趣旨の回答を得たので、同年一二月下旬ころ原告訴訟代理人とも相談のうえ、昭和四四年一月二九日本件訴えを提起するにいたったものであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

原告らは、本件裁定家賃の支払義務によって原告らの営業は倒産の危機に直面している等の事実を行訴法八条二項二号の該当事由として主張しているけれども、右事実は≪証拠省略≫をもってしてもこれを認めるに十分でない。

そうとすれば、行訴法八条二項二号の該当事由に関し認められる事実関係は大要前示認定の範囲を出ないものといわざるをえないが、右のような事実関係をもってしては、いまだ同号にいう「著しい害を避けるため緊急の必要があるとき」に該当すると認めるには足りないというべきである。

(二)  原告らは、本件は行訴法八条二項三号を適用すべき場合に該当すると主張する。

原告らがその事由として主張する具体的事実は、吉兼三郎の直接出訴も可能である趣旨の回答に依拠したとの前示認定の事実に帰するものというべきである。

ところで、一般に処分庁ないし裁決庁の担当係員の誤った教示に基づいて直接出訴した場合でもあればともかく、処分庁ないし裁決庁の職員であっても、その当時の職務内容が処分ないし裁決の事務と関係のない者の誤った教示に基づいて直接出訴したような場合には、行訴法八条二項三号の正当理由の存在を肯定することは相当でないというべきである。しかるに、証人吉兼三郎の証言によると、吉兼は当時建設省の職員であったけれども、首席監察官であって、裁決手続はもとより市街地改造事業に関する事務はその所管外であったことが認められるから、同人の回答に依拠したとの前示事実は正当理由の存在を肯定する事由とはなしがたいといわざるをえない。

(三)  行訴法八条二項、市街地改造法、都市再開発法に関する原告らの主張を検討、斟酌してみても、以上の各判断を動かすには足りない。

してみれば、本件は行訴法八条二項二号ないし三号を適用すべき場合に該当しないというべきであるから、裁決手続を経ることなく直接本件各裁定の取消を求める本件訴えは不適法といわなければならない。

三  よって、本件訴えは、いずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 内藤正久 佐藤繁)

〈以下省略〉

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